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勉強するのは何故?

先日保護者の方と面談していたら、「先生は勉強は何故やらなければいけないとお考えですか?」というド直球な質問を受けた・この手の質問は初めてだったのでしどろもどろな返事しかできなかった。ここでは勉強するのは何故かかということを考えていきたい。この質問に対する考えられる答えを書いてみる。「良い学校に行けばいい友達と巡り合えるから」「いい仕事につけるから」「選択肢が広がるから」功利的なところではこんな答えが考えられる。倫理的解答なら「人類が数千年かけて積み上げた知恵を学べるから」「将来人類の役に立つことを行うため」哲学的解答なら「失敗や間違いから学びは生まれるもの」「生きることは学ぶことなのだ」というようなことも言えるかもしれない。

 そんなことを考えていたとき二つの刺激的な文章に出くわした。一つは朝日新聞で教育評論家おおたとしまさ氏は「いい学校に行くと選択肢が多くの大人が言うが、いい学校に入ったとことでかえって選択肢を狭めてしまうということを指摘している。せっかく〇〇中学に入ったんだから最低××大学くらいいかないとか、××大学を出たんだから有名企業に入らないともったいないというような損得勘定に自縄自縛してしまいかねない」ということを指摘しておられる。同時に「自分の選択肢未満の選択肢を選んだ人たちを、全くの無意識で「自分未満」だと見下してしまう」危険性も述べておられた。そして最後に大人にこそ「選択肢」の本当の意味を考えてほしいと結んでいる。

 もう一つは内田樹氏の「日本辺境論」だ。「今の子供たちは『値札の貼られているものだけを注視し、値札が貼られていないものは無視する』ように教えられています。その上で自分の『貨幣』で帰る最も『値の高いもの』を探し出すように命じられている。」しかしこのような教育は、資源に乏しい日本は日本人の開放性をもって外来の知見を受け入れるという特質をつぶしていると言います。損得を考えた学びは狭隘で資源に乏しいこの極東の島国が大国強国に伍して生き延びるためには、日本本来の学ぶ力を取り戻さないと日本人には未来がないと述べます。この二人の意見をたたき台にして「なぜ勉強するのか?」への考察をしていきたい。

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上半期報告

 6月30日は、ハーフタイムデーと呼ばれているそうです。意味は名の通り「一年も残すところあと半分となる日」です。上半期を総括するとわが自転車距離は今日まで5500キロ(年間11000㌔ペースです.歩きの方は59万歩(年間120万歩ペースです)。

 姉の次女の長女のことです。ややこしいですが自分は大叔父で彼女は又姪というらしい。初めて知りました。又姪は札幌南という北海道で一番の進学校に通っていました。獣医になりたいということは前々から聞いていました。国大の獣医学部にでも行くんだと思っていたところ、成績が伸び悩んでいて北大は無理見たいということを去年の夏姉から聞きました。せめて帯広畜産大に入って欲しいけど・・・調べてみると帯広畜産大、地方の国立医学と同等もしくはそれ以上なんですね。東大の文系より難しいかもしれない超難関校なんです。旭川の旭山動物園で働きたいというのがかねてからの又姪の願い。そのお手伝いをしてやろうとオンラインでの英語授業を提案しました。約6か月ほどでしたが指導しました。コロナ前には考えたこともなかったオンライン授業ですが、佐々木塾でも緊急事態宣言中オンライン授業をやってきたので割とスムーズでした。対面と遜色なくやれたのではないかという感想です。この指導が功を奏したかはわかりませんが、今春見事に帯広畜産大獣医学部合格しました。6年後旭山動物園は言ってくれるかな?

 先日生徒の家に添削プリントを届けに行った際、そのマンションが改修工事中で入り口が分らずウロウロしていたら、ちょうど帰ってきた親子連れに集合ポストの場所を尋ねると「ウーバーイーツ」ですかと質問されました。「そうかそんなふうに見られるんだ」と改めてわが身を点検すると自転車、ヘルメット、大きめのリュックまさにウーバーイーツそのものであることに気づかされました。そういえば国立駅前のマクドナルドに前に自転車を止めて西友に買い物行っても以前なら貼られていた駐輪禁止のステッカーも最近は全く貼られない。これどうやらウーバー効果らしい。マクドナルドの前はウーバーの自転車だらけわが自転車もその中に埋没しているんだと納得。納得いかないのはウーバーの人たちは10キロ走れば10キロ分の20キロ走れば20キロ分の収入が得られるのに我が身には20キロ走ろうが30キロ走ろうがなんの実入りもない。「こいつら走れば走るほど金になるのに何でこっちは金が入ってこないんだ?」ウーバーの人たちに会うたびこんな思いを抱いてしまいます。カフカも同乗してくれだろうこの不条理を噛み締めながら今日もお金ではなく距離を稼ぐ自分がいます。

小論文実況中継(3)

「理想的な対話とは」講評  (2)で載せたS君の2回目の提出に対する質問リスト、答案例、ヒントを載せていく。
<質問リスト>
・筆者の考える対話の目的は何ですか?本文にある言葉を使って説明してください。 ・筆者の考える理想的な対話とは違うS君にとっての理想的な対話とは何ですか?自分の言葉で説明してください。 ・そう思った理由を教えてください。または、どのような点が理想的であると考えるのか理由を教えてください。

<答案例>佐々木塾の考える答案例を次に示しますので参考にしてください。
私にとっての理想的な対話は、相手の立場に立てるようなコミュニケーションだ。つまり、自分の意見を一方的に押し付けるのではなく、まず相手の立場に立って話が聞けるるようなコミュニケーションのことだ。このようなコミュニケーションを実現するために、誰かの意見を聞くとき、私はうなずくようにしている。うなずくことで聞いているという態度を示すのだ。そうすることで、相手が話しやすいムードが出来上がる。実際に、小学校のクラスルームでは喧嘩をしたA君の立場に立って考えることができた。そして、私たちは仲直りをすることができた。自分の主張があったがA君の言い分にも納得することができたからだ。このように、自分と合わない意見を頭ごなしに否定するのではなく、まずは聞いてみることから始めると相手の立場に立てると私は考える.(391字)

<考え方のヒント>
・対話の意味は辞書を引いたり、筆者の意見を読めばわかると思いますが、S君にとっての「対話」の意味は何ですか? ・筆者の意見にとらわれずに、理想的な対話について考えてみましょう。 ・筆者が理想としている対話とS君が理想だと思っている対話をそれぞれ書き比べてみましょう。 ・筆者の意見のどんなところに賛成ですか? ・筆者が考えるどんなところには反対ですか?  
・S君の考える理想的な「対話」は日常生活の中でどんな時にできましたか?  ・具体的なエピソードを書いてみましょう。

<解説>
◇結論は最初と最後に書く<答案例>を見てください「相手の立場に立つことが大切だ」という主張が文章の頭とお尻に登場しています。これは難しい言葉で言い換えると、結論が文の最初と最後に書かれてます。つまりサンドイッチされている状態なのです。

◇論と例  論と例の具体例は以下の通りです。この違いを知ってください。
私は動物が好きだ(論) 私は犬や鳥や猿が好きだ(例)
私は鬼退治に行く(論) 私は人間の世界に来て悪さをする鬼ヶ島に住む怪物を倒しに行く。
きっと「短い」「長い」というパット見の違いが浮かぶと思います。「論」のほうが一言に情報が詰まっています。「動物}には様々なものがいます。さるキジ犬も動物です。「例」のほうがまとまりがない代わりに具体的です。具体的とはイメージが浮かびやすいということです。胴部と聞いてもパッとは何か浮かばないかもしれません。でも犬や猿や鳥だったらすぐイメージが浮かぶでしょう。さらに具体的にするなら、チワワやテナガザル、キジを浮かべてと言ったらさらにイメージしやすくないですか?これが論と例です。まとめると、論と例はお互いに行き来しています。動物は猿ですし、猿は動物ですよね?このように行き来しています。でも、動物から猿になって、猿がテナガザルになるとイメージしやすさが変わると思います。これが論と例の破壊力です。これで論と例については理解してもらえたと思います。それでは「相手の立場に立つ」を具体的にイメージしやすいようにしてください。すると、「小学校のクラスルームで、喧嘩したA君の池をうなずきながら聞く」となります。両者は論と例の関係です。このように文章と文章はつながっています。





小論文実況中継(2)

(1) では課題文・問題・S君の第一回目の提出作文と講評の一部分を載せた。今回は講評の続きから書く。

◆具体と抽象
S君の文章は抽象ばかりで具体例がありません。「よりよく情報が深められない」とは、どんな状態ですか?具体的に身近な体験談んで書きましょう。そもそも「情報が深まる」とはどんな状態なのでしょうか?課題文の中で筆者が述べていることをそのままの表現で書いても点数にはつながりません。また、「実際に、相手に情報を伝えきれない対話をしてしまったことがある」と書いてある箇所ですが、具体的にはどのような経験があったかを書きましょう。「実際に」という接続語(副詞)は具体的な話が始まる合図なので具体的な話を入れましょう。

◆課題
上記を読んだうえでもう一度同じ問題をやってください。下の一問一答に答えてください。箇条書きでそれぞれ書き出してみることをおすすめします。その上で出来上がった材料をもとにもう一度考え直してみましょう。
・対話とは何ですか?会話とは何が違いますか?
・S君にとって理想的な対話とは?
・なぜそう思いますか?
・その対話を実現させるために気をつけなければならないことは何ですか?
・筆者が言う意見に賛成ですか?反対ですか?
・実際の友人との対話の中で心がけていることは何ですか?
以上の質問に答えを書けばたぶん400字を大幅に越えると思います。それを今度は400字に圧縮という二段階のアプローチをしてみてください。このときにかかる時間は気にしなくてもいいです。本番まではまだ時間がありますからまずは納得のいく作文を仕上げてください。

この講評を読んだ後S君から2回目の提出があった。

ぼくにとっての理想的な対話とは、話し手が知識・情報を言って、聞き手がそれに対しての質問や意見を言う。これをくり返すと、対話の中で新しい考えが生まれる事だと思う
 なぜなら、話し手が知識・情報を話さなければ、何も話せない・そして、聞き手がいても、ただ聞いているだけで、質問・意見がなければ、新しく考えられた事が出てこない。
 ぼくがこのまえに友だちとやった対話を振りかえってみると、自分にとっての理想的な対話に満たされていなかった。その時はぼくが聞き手で、相手が伝えている情報を聞いていた。しかし、その時に、対話をする気がなく質問も意見も考えずに終わってしまった。
 ぼくにとっての理想的な対話を実現させるには、おたがいが対話をしようという気持ちがあるということだ。そうすると、自然と、質問、意見、思いつきなどがでてくる。
 対話をするとき、適当に話すのではなく話題についてきちんと考えて、相手と情報を共有しあうのが大切だと考えた。

この講評は次項で行う。


小論文実況中継(1)

 今回は都立中高一貫校を狙う小6生の作文(小論文)に対しどのような指導が行われどのように進歩していったかを生徒が書いた実際の作文を使って実況中継してみたい。
 
 まず課題文を引用する。
 理想的なコミュニケーションとはどういうものか。私は、クリエイティブな関係性だと思う。クリエイティブとは、新しい意味がお互いの間に生まれるということである。たとえば、ある知識を持つ人が、もう一人にその知識を伝えたとする。そこで質問が行われ、対話的に情報が伝えられたとする。その場合、聞き手にとっては、新しい意味が獲得されたことになる。一方通行ではなく、聞き手側が質問やコメントといった形でアクションを起こすことによって、話される意味が少し変わってくる。コミュニケーション力を生かして、情報伝達の質を高めるということはある。
 しかし、ここで私の言うクリエイティブな関係性は、話をすることでお互いにとって新しい意味がその場で生まれるという関係を指している。聞き手が発した言葉によって自分が刺激され、新しい意味を見つけだすことがある。二人で「ああ、そうだったのか、気づかなかったね」と喜び合うような瞬間がある。それがクリエイティブな対話の関係性だ。
 自分の経験で振り返ってみてほしい。対話する前には決して思いつくことのできなかったことを思いついた瞬間があるのではないだろうか。謎が解け、霧が晴れたような快感。脳が活性化し、ワクワクするような気持ち。こうした快い興奮がクリエイティブな対話にはある。どちらの頭が優秀であるかということを競い合うのが対話の目的ではない。どちらから新しい意味が生まれたのかさえも重要ではない。大切なのは、今ここでのメンバーで対話をしているからこそ生まれた意味がある、ということだ。意味に日付と場所を書き添えることさえできる。あのとき、あそこで、あの「意味」が生まれたんだと、と思い起こすことができる対話経験があれば、それをコミュニケーションの理想形と設定できる。  (齋藤孝「コミュニケーション力」)

 問題 あなたにとっての理想的などのようなものであると考えますか。そう考える理由、その会話を実現させるために気をつけなければいけないことを含め、自分自身の体験例をあげながら四百字程度で書きなさい。

 S君の一回目の提出作文をつぎに載せる。

 対話をするとき、そのメンバーのだれかが、自分の知識、情報を伝えようとする。そこで話の題が決められ、全員がそれに対する質問意見を述べたりして、情報の新しい考え方、向きあいかたが出てくる。
 このような形が理想的な対話と考える。聞き手は新しい知識情報が得られ、聞き手の質問、意見によって、言い手も新しい考えが生まれる。
 しかし、聞き手に情報、知識が伝えられていないとそれに対する質問や意見が出ないため、よりよく情報の考え方がふかめられなくなり、対話が出来なくなる。実際に、相手に情報を伝えきられないで対話をしてしまったことがある。特に、それに対して。考え方がふかめられなく、前と後で変わったことはなかった。
 対話をするときは、まず、相手に自分が持っている知識、情報を伝えきって、聞き手からの質問、意見を言われて、話し合いが初まらないと、ふかく考えがならない。

上の提出作文に対し以下の講評を書いた。

「理想的な対話とは?」講評 6年生になり受験も迫ってきていますので少しずつ厳しく指導していきたいと思います。厳しいことが書かれていてもくじけず頑張りましょう。立川国債に受かるための戦いの始まりです。
◆細かい修正事項

①話の題→話題  ②言い手→話し手 ③ふかめられ→深められ ④初まらない→始まらない これらの細かい点は修正を
◆設問に従う
・設問とは「あなたにとって理想的な対話とはどのようなものだと考えますか?」とあります。このような設問の場合、書き出しは「私にとって理想的な対話とは~」としましょう。 ・設問には「そう考える理由」を書くよう指示がありますが、君の文には理由にあたる箇所がありません ・「その対話を実現させるために気をつけねばならないこと」も書かれていません。これだけで大幅に減点です。仮にこれが本番の試験だったら不合格です先ずはどんなに時間がかかってもいいので設問にしっかり答えるようにしましょう。

この項が長くなったので次の功へ改めたい。

ウーバーイーツ

 ウーバー普及が急のようである。Uberというのはドイツ語で「上に」という意味。英語では、俗語で「超」や「すげー」(super.really,mega-)のような意味もあるみたいだ。アメリカではタクシーの配車アプリのことを言うらしく、空港、スタジアム、ホテル、すべての移動に使えてタクシーの存在はウーバーに取って代わられたという記事を読んだことがある。日本では配車アプリがどれくらい普及しているのかはわからないが、ウーバーイーツ(スマホアプリで注文した食事や商品をすぐにデリバリーしてくれるサービス)はおなじみになった。

 先日生徒のマンションに添削した作文を届ける用事があって出向いた。あいにくそのマンションは改装中で入り口が閉鎖していた。うろうろしていたら住民と思われる親子連れがいたのでポストのありかを聞いたら丁寧に教えてくれた。「ウーバーイーツですか?」との質問に少し戸惑ったが「原稿を届けに来た」と伝えると郵便局員ふうではないと思ったか少し不審がられた(気のせいか)。ヘルメットをかぶって大きめにリュックを背負っているので間違えられても仕方ないかとは思う。別に間違えられたってデメリットは何もないのだから気にする必要はないが、ウーバーイーツの人とと出くわすたびに彼らは10キロ走ればなにがしかの報酬が得られているのに、こっちは20キロは走ろうが30キロ走ろうが何の報酬も得られない。「なんて理不尽なんだ」とあられもないことを考えてしまう。自転車で走っているだけ(実際にはスマホの地図と首っ引きの人が多いけど)でお金になるなんていい世の中なんだと思うことにしている。自分はこれまで10万キロ以上走っているけどね。一銭にもなってない。

 いいこともある。国立駅前の西友に行くのにマクドナルドの前に自転車を止めていくのだが(ほんとはこれはやってはいけないことでちゃんと駐輪場にとめないとダメなんだけど)これまだ自転車に「駐輪禁止。速やかに移動せよ」というステッカーをはられていたのだが最近は全然はられない。近くに自転車指導員の人がいるのにである。よく観察しているとウーバーの配達の人が同じような自転車をマックの前にとめている。それも何台もだ。それらの自転車にステッカーをはりつけていたらステッカー何枚あっても足りない。黙認しようということだろう。わが自転車もそれに紛れてお咎めなしとなっているしだいとわかった。

 コロナ禍で日常が少しづつ変わってきている。先日宝島社の「ワクチンもない。クスリもない。タケヤリで戦えというのか。このままじゃ、政治に殺される」と全面広告が朝日朝刊に掲載された。戦時下の子供たちの訓練を思わせる写真が見開きの紙面に使われ、巨大な赤いウイルスが中央に配置されている。「いつまで自粛すればいいのか。我慢大会はもう終わりにして欲しい」「無理を強いるだけで何一つ変わらないではないか。今こそ怒りの声をあげるべきだ」のコピーが書かれている。この一面広告をもう一度よく見て考えてみたい。コロナ禍雑感でした。

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