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佐々木塾に通う人

 前回佐々木塾には様々な地域から通って来ていることを伝えました。
今回は通っている人の年齢を取り上げてみたいと思います。
現在佐々木塾に通っている人の最年少は小学2年生です。
過去には何人も小学1年生もいたのですが、今年はおらず小2が一番下です。
では最年長はというと30才を超えた、大学院のための英語ブラッシュアップの人です。
彼はいま会社勤めですが、来年合格の暁には会社を辞めて、学生に戻るとのことです。
ですからその取り組みは真剣そのものでこちらも圧倒されそうです。
プライバシーが絡んでくるのあまり詳細には語れませんが、
彼のやる気にこちらもうかうかして折れず真剣勝負の授業が展開されています。
最年少が7才最年長が30才と少し。その差20数才。
この差にこそ佐々木塾の特徴が出ています。
どんな年齢であれ目指すところは同じ、生涯にわたって使える一生ものの
英語力(または国語力)です。それに気付いた人から始めています。
地域の多様さ、生徒間の大きな年齢差に佐々木塾の特徴が凝縮しています。
是非体験授業にて佐々木塾の「凄み」をご体験ください。


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ホームページをリニューアルしました。

今後とも、佐々木塾をどうぞよろしくお願いいたします。

AO入試の話をします

 AO入試は日本では1990年に初めて慶應義塾大学の総合政策、環境情報学部で実施され、それ以来新しい入試方法として注目され現在では350以上の大学で採用されています。大学によっても違いますが、例えば元祖慶應では出芽(800字の自己アピールの作文の他にもこまごまとした提出物がある)➡書類審査➡面接➡合否決定➡事前教育という流れになっています。注目していただきたいのは学力検査がないということです。ある意味で日本の大学受験に革命がおこったとさえ当時言われたものです。これまでにも指定校推薦という学力検査なしの制度はありますが、これは高校時代の学内成績が優秀でなければなりません。それに対しAO入試の場合は必ずしも高校時代の成績は重視されません。それよりも高校時代に何に関心をもって、その分野を自分なりにどう取り組んだか?そして大学では何をやりたいのかが明確に分かっていることが重視されます。
 

 さてそのAO入試に佐々木塾は何ができるでしょう。佐々木塾では小学5,6年生から「論理エンジン」という教材を使って授業をする人もいます。この教材は魔法のような教材で、国語力はもちろんほかの教科にまで役立つのです。そのわけは「頭の使い方」「ものの考え方」を学ぶからです。実際この「論理エンジン」を中2から始めたある生徒は、高校生になって毎日新聞の「高校生小論文コンクール」で佳作に選ばれ、哲学オリンピックでは銀メダルを獲得。惜しくもヘルシンキでの世界大会には行けませんでしたが、(これは論文を英語に翻訳するときに金メダルの帰国子女に後れを取ったせいです)見事な健闘でした。その彼はその後慶應大学の環境情報学部にAOで合格し「論理エンジン」という教材の底力を思い知らされました。彼は今慶應でさらに自分の学問フィールドを充実させています。


 佐々木塾には「論理エンジン・国語」の姉妹編として、「論理エンジン・英語」(佐々木塾のオリジナル教材です)があります。体験授業にてこの二つの「論理エンジン」を体験してください。そしてAO入試も将来の大学受験の選択肢に加えてください。


虔十(けんじゅう)公園林

 今年3月千葉大の後期日程の小論文対策をやっていた時に課題文になっていたのが宮沢賢治の「虔十公園林」である。気になるのでもう一度取り上げたい。それほど優れた示唆に富んだ本である。恥ずかしながら宮沢賢治は自分では読んでいるほうだと思っていたのだが、「虔十公園林」は初めて読む本だった。この作品のテーマは「本当の知恵」とは何かであり、軽度の知的障碍者を持つ虔十という少年の行為がその土地に多くの偉人を生み出し最終的に地域に多大な貢献をしたという構成になっている。賢治が私たちにたくさんのことを問うているここではこれを考察したい。ウィキペディアからそのあらすじを引用する。
 
虔十はおかしくもないのに笑ってばかりいて知恵が足りないと周囲からバカにされている少年である。
雪の残る早春に、虔十は家の裏手に杉苗700本を植えることを思いつく。最初兄から土が合わないと反対されるが、父が虔十の初めてのわがままであることに気づいて、やらせてみることになる。翌日虔十が木を植えているのを見て、隣の平二がばかにして止めさせようとするが、兄がやってきたおかげで何事も起きずにすむ。しかし虔十が木を植えたうわさが広まり、近所から冷笑される。


木は5年までは成長がとまり8年経っても9尺(約2.5m)に留まった。百姓の冗談を真に受けた虔十は下枝を刈って、盆栽のような林になってしまう。兄はそれを見て笑ったもののよい薪ができたと虔十を慰める。しかし、翌日からそこは子供たちの格好の遊び場になり、虔十はそれを見て満足する。


ある霧の日、再び平二が実害もないのに、自分の畑に影が入るから気を切るように県十に迫った。平二は虔十に手をあげるが、虔十はそれを断り、林を守りきる。そういうことがあって後、平二も虔十も病気で亡くなってしまう。


それから20年館の間に町は急速に発展し、昔の面影はどこにもなくなってしまう。ある日この村を出てアメリカの教授になって帰ってきた博士が15年ぶりに帰郷し、地元の小学校でアメリカについて講演をした。講演後、博士は小学校の校長たちと虔十の林に足を向け、この林だけがそのまま残っているのを発見して、子供心に馬鹿にしていた虔十のことを思い出す。そしてこの背の低い虔十の林のおかげで遊び場が提供されていたことや、今の自分があることを悟り、林に重要性に初めて気づく。


博士は「ああ、全くたれがかしこくたれが賢くないかはわかりません」と言って、校長にこの林を虔十公園林と命名し、子供たちのために永久に保存することを提案する。その話が広く伝わり,碑が立つと、かつて虔十の林で遊んで立派になった大人たちから多くの手紙や寄付が学校に集まり、虔十の遺された身内は本当に喜んで泣いた。

以上があらすじであるが、この作品は1934年に発表されている。賢治没年は1933年であるからこれよりも前に記されていたことになる。世界恐慌が起きた翌年である。第2次世界大戦勃発の10年近く前である。この時代に宮沢賢治は今でいうノーマライゼーションと環境破壊とその保護、都市の景観について予想していたということになる。今さらながら賢治の現代社会を先取りした慧眼にはただただ敬服するしかない。次項でノーマライゼーション・環境保護・破壊・都市の景観を考察したい。







合格報告届きました。そして...(2)

 今回は塾をやっているいる以上どうしても避けて通れない問題…不合格について考えたい。その前に引用したい文章がある。

 ”失敗してもいいからやってみよう”という失敗と、”絶対成功させてやる!”という気持ちのもとでの失敗は、全く別物だと思います。後者の失敗では大きなショックを味わいますが、そこから学ぶことは非常に大きいのです。西畠背順「教えてくれたのは植物でした」


 この引用の後者の場合、実は成功するよりも実りがあったのではとさえ私は思っている。これはあくまで死に物狂いで勉強して誰にもも後ろ指をさされない勉強をしてきたものだけに言えることではあるが。話を当塾の生徒C君に戻したい。彼はW中学を本命に置き、T中を抑えに今年の入試に臨んだ。W中学は2/1と2/3、T中は2/2に入試があった。W中学は当落線上で、T中は模試でも合格可能生が高いところにあった。2/1のW中学がだめで、さらに2/2のT中がだめとわかったとき、C君は大粒の涙を流したということだ。そして動揺したままW 中の2回目を受けそれも玉砕。結局今回の受験は0勝3敗という結果に終わってしまった。

 この経緯を知って私が思ったことは、あれだけ真面目に佐々木塾の授業を受けてくれ、宿題や課題など黙々とこなしてくれた可哀想だということだった。髪も仏もいないのか。塾講師にあってはならぬ神頼み的なことまで考えてしまった。


 しかし冷静に考えたときこれは可哀想でも気の毒でも何でもない。C君にとってまたとない経験ができたのだと考えるようになった。これはC君がT中学を落ちたことを知ったとき大粒の涙を流したということがすべてを語ってくれる。私たちは”絶対に受かってやる”という思いからことを始めることがあるだろうか?案外落ちた時の予防をあらかじめ作って置いて、落ちた時のショックを和らげる策を講じたりしていないだろうか?そう大粒の涙が出てきたのは”絶対受かってやる”という気持ちが裏切られたからで人としてあまり体験しない種類のショックであると思う。

 後のないところまで自分を追い詰めて、その願いが報われなかったとき見える景色はどんなものだろう。そんなことを経験したことがない人にとっては「絶望の真っ暗闇」というかもしれない。でも本当は意外とぼんやりとではあるがうす暗い光が見えるのではないだろうか?全力を出し切った清々しさと次が与えられるなら今度こそという確かな決意。それが光となって見える気がする。だから「不合格」ということはこれで終わりなのではなく、次衛のステップと置き換えらるのかもしれない。歌の歌詞のような結論になってしまったが、「不合格」も決して気休めでなく悪くない経験だと思う。


合格報告届きました。そして...

 今年の中学受験はすべて終わりました。わが佐々木塾でも

Aさん  武蔵野東合格  彼女の中学受験の取り組み開始は遅く佐々木塾に来たのは6年生の11月でした。それまでどこかで勉強していたというのでもなく11月が開始でした。初めは和光とか明星学園などを受けたいということでしたが、彼女がもつ本来の頭の良さが見て取れましたので、今後の伸びしろを考慮に入れて生徒を選別していると思われる、武蔵野東受験を勧めました。それから約2か月短い期間でしたが、5,6年の復習と記述を中心に学習。途中若干不安に襲われながらも見事に乗り切ってくれました。この学校は抜群の高校受験および活発な部活動が売りなので今後3年間でどう成長していくのかとても楽しみです。


B君 桐朋合格  彼は5年のときに入塾し国語だけを佐々木塾で教えました。少しのんびりしているものの頭のいい子で、教えたこと訂正したことは次までには習得・修正できているというタイプでした。また漢字・慣用句などの暗記物は抜群の記憶力でこちらの作成した漢字と言葉テストではほぼ満点という状況でした。苦手としていた記述問題は論理エンジンを5冊(正確には4冊半まで進みました)やりきることで力をつけていったように感じています。理数が得意ということなので中学でさらなる飛躍を遂げることを祈っています。



そして C君 W中学不合格・T中学不合格  先の二人と違いC君は今入試は大失敗でした。これまで佐々木塾の合格報告は合格者だけを知らせて、不合格者を蔑ろにしてきたと思います。大手予備校・塾はそれでいいのでしょうが、わが塾のような小規模塾は不合格者もきちんと伝える必要があるのではという考えに至りました。塾の真価はそんなところにも問われると思います。次回不合格とは?について考えてみたいと思います。



 




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