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佐々木塾ブログ 6ページ目

嬉しいメールが届きました(1)

 最近立て続けに2通のメーが届きました。一通はこの塾に7~8年前に大学院受験のために通ってくれたAさんからでした。彼女が最初入塾を希望されてこちらにいらしたときはっきり言って迷いました。大学受験指導の経験は十分あったものの、大学院の指導は正直引き受けるかどうかと。


「指導というよりアドバイス的なことだけでいいのでぜひお願いしたい」という熱心さに負けて自信はないものの一緒に勉強すればいいという気持ちで引き受けました。彼女の専攻は美学だったので、アリストテレスの美学論,エイゼンシュテインの「戦艦ポチョムキン」のモンタージュ論などを探してきて英文で読みましたね。時には世阿弥の「風姿花伝」なんかもありました。懐かしい。私も美学についてはいっぱしの知識がついたものです。そして約半年一緒に勉強して希望の大学の修士課程に進まれました。


それから約8年「晴れて来週から短大で教鞭をとるようになりました。ひとえにこれは佐々木先生のおかげと感謝してここにご報告します」先日のメールにはこう書かれていた。これまでにもそ卒業生が卒業した・就職したなど、うれしい知らせがありましたが、このメールもそれらに劣らず感涙ものだった。こういう仕事をしていなければあり得ない体験なのだとこの仕事に感謝しています。
さらなるAさんを生むためにさらに努力しようと誓ったものでした。

人には冬しか学べないことがある。

学んで生きていつの日か君は君の夢をつかむ。

 師走。今年も長くてつらい季節がやってきました。でも私の友人には四季のうちで冬が一番好きだという人がいます。冬のキリリとした冷たさが身も心もひきしめてくれるからだそうです。春・夏・秋・冬人生がいつも春のように穏やかであってくれたらと思う人はたくさんいるでしょう。

 一年が自分の好きな季節だけだったら、とても快適かもしれません。人が冬にしか学べないこと。それは絶えて待つことの大切さではないでしょうか?長く辛い冬があってこそ春がやってくることの喜びが何倍にも大きくなるように。受験生諸君、もし君たちの受験勉強の日々が冬であったなら、冬が長く辛いものであればあるほど、目標を達成する春の訪れは君たちにさらに大きな喜びを与えてくれるでしょう。

 君の冬の先にあるものは君の春である。それだけは間違いない!


2017年の総決算!!

しみじみしっかりふりかえるこの一年

初めに目標を建てましたか?
今年の君の目標はどのようなものでしたか?

先延ばしにしていませんでしたか?
今日できることを明日にしようと思いませんでしたか?


人のせいにしてませんでしたか?
”うまくいかないのは”自分のせいではない!”と思っていませんでしたか?

自分に嘘をつきませんでしたか?
自分では本当は間違っていると思うことをしていませんでしたか?

当塾では今年の大反省会を実施中です。君も仲間に入りませんか?

朝のヨット

  先日、生徒と、山川方夫の「朝のヨット」という短編を読むこととなった。山川方夫、実は一度も読んだことがなかった。ただ三田文学の創刊者で、曽野綾子・江藤淳などを見出した人。芥川賞候補に何度もなった人。国道一号線大磯でトラックにひかれ、34歳で夭折した人。という予備知識はあった。

 さてその作品。「朝のヨット」について。最近まったく読んだことのないような類の小説である。私などはすでに失っている感性というか,みずみずしいというか久しく忘れていたものを思い起こさせてくれた小説である。
 
 あらすじを少し。愛し合う少年と少女。少女と一緒にいると、もう一人の自分がひどく遠いところに置き去りにされるように思い、自分をとり戻すために一緒に行きたいという少女を振り切ってヨットで海に出る。「女にはわからないさ」「君を好きだよ」の言葉を残し。しかし少年は急変した天候により海に消えてしまう。

 翌日海は嘘のように凪いでいた。ヨットに乗った少女は昨日から幾百回となく繰り返した言葉を唇に浮かべる。「…なぜなの?なぜ一人きりになりにいかなくちゃならなかったの?」と。「一人きりにしがみつき、私よりも自分の孤独さの確認を愛しているみたいに」「私の中にあなたはいて、あなたの中に私はいてどこへ行っても一人きりなんてなれないのに」そう思う少女の頭上を鴎が翔んでいる。その鴎こそ少年なのだ。鴎はただ少女にただ自分だけの充実を追った幼い恋人であったことを告げたかった。しかしいつの間にか飛翔の意味も孤独のさわやかさも、愛することの恐怖も屈辱も喜びも忘れ、透明な朝の風の中で猫に似た単調な鳴き声を繰り返し無心に翼の抑揚を続けるのだった。

 


書くということ

 昨日うれしいメールをいただいた。「佐々木塾ブログを読ませてもらっている。私にはとてもヒットしてます」という内容だった。読者の存在が顕在化することのない性質のブログなので、そういう方の存在はとても励みになる。現にさぼり勝ちのブログを今日はこうしていそいそとして書いている。

 私にとって不思議なのは、仕事の都合上よく過去問を入手し試験対策を行っている。その過去問集には過去5年分なりが掲載されているわけである。するとたいがい「本書、〇〇大学の入試問題につきまして、まことに申し訳ありませんが、以下の問題は著作権上の問題により掲載することができません」ということがよくある。

 著者は何のために書いているのだろう?「書くことを仕事としているのに人に読まれることを拒むのはなぜ?」と素朴な疑問がわいてくる。二次的な掲載のものではなく原典で(つまり本屋で買って)読んでほしいとかいろいろ弁解はありそうだが、こういうことを仕事としている以上人に読んでもらってなんぼなのだと考えるが、違うのだろうか?どんな形であれ人に読んでもらって、世の中に流通してこそ自分の存在を知ってもらえるのでは?

 人のことはともあれ佐々木塾ブログ週1回くらいのペースで書いていきたいものである。まさかこの駄文を引用して他に掲載したいという人はいないだろうが、転送掲載はご自由に。

英文を正しく訳す

次の英文を見ていただきたい。 
Inventors and engineers also work  [like detecives <searching for clues> ] [ to solve the mysteries <hidden in nature and universe>].
本題に入る前に少々説明を。佐々木塾では [大かっこ]  ・<中かっこ>・ (小かっこ)・{微かっこ}というかっこを使って英文を読む。大かっこは主文の一部また主文を修飾、中かっこは大かっこ中の文の一部または、大かっこ内の文を修飾という具合に使っていく。さらにかっこには色を付ける、黒は名詞節又は名詞句、赤は形容詞節または形容詞句、青は副詞節または副詞句を表す。
さて上記本文は inventors and engineersがSで、workがVの1文型の文章でwork に二つの副詞句が修飾している文である。
私はこれを生徒と一緒に訳す際 「to solve はwork でもclues でもどっちに修飾してもいいね。」と教えてしまった。つまりworkに修飾させるときはcluesに修飾させるときは形容詞句ととらえられる。
例えば以下の文を見ていただきたい。
 He went to the park to play tennis .   このときto play tennisはwentを修飾する副詞句と考えるのが普通だが、parkを修飾する形容詞句と考えてもおかしくはない。私は冒頭の英文も同じように考えてしまったわけだ。しかしto solve をclues に修飾させるのと、workに修飾させるのは大違いだ。「発明家と技術者もまた自然と宇宙に隠された謎を解くために、手掛かりを追い求める刑事のように働く。」が正しい訳になる。ttto solveをcluesに修飾させると、「発明家と技術者もまた、自然と宇宙に隠された謎を解くための手がかりを追い求める刑事のように働く。」となってしまい、刑事も自然や宇宙を解明しようとしているいうことになってしまう。普通に考えれば、刑事が探しているのは事件の手がかりであって、けして宇宙や自然の謎でないことは明らかである。この誤訳を中3の生徒が指摘してきたのだ。自分の誤訳を恥じるとともに、この中3生の慧眼をうれしく思った。この生徒は本当の意味で佐々木塾のかっこ付けを理解してくれているのだと。「しっかりせねば」と、思う一方後継者が続いてくれていることが力強かった。


地図のない旅に出よう!

君の才能を君自身が見つけるたびが今始まる。


どんなに成功したいる人でも
その才能は生まれて来た時に 既に備わっていたものではない。
 
「才能」の才は、人の歳を意味し
能は物事を成功させる力のことだから
才能は何才になっても開花させることができる

有名なスポーツ選手や社会的に大きな成功を実現した人たちは
人知れず途方もない努力を積み上げて
自分の才能を見つけて大きな花を咲かせた

誰にでも全く同じスタートラインがあるわけではないけど
誰にでも自分の才能を見つけるためのスタートラインは
いつでも必ず用意されている

豊かな国に生まれた人にも貧しい国に生まれた人にも
恵まれた環境の中で生まれた人にもそうでない人にも
同じようにスタートの季節はやってくる

何よりも大切なことは君が本当にやってみたいこと
そのことのためならどんなに苦労してもいいと思えること
それが何かを君自身繰り返し問い続けることだ

地図のない旅とは
自分の心の声に素直に耳を傾ける
君のこれからのすべての日々で続けられる心の旅だ

兄弟率

前回のブログで、予告した通り兄弟率について考えたい。

今年はさほどでもないが、去年佐々木塾は全塾生に占める兄弟率(文字通り兄弟で通ってくれている人の割合)が66%にも達した。
今年はその割合を下げ、40%台に落ちてしまったが、まだまだ他塾に比べれば高いほうだと思う。

兄弟で通う利点は何か。二人目だと入会金が免除、もし授業時間が同じなら送り迎えが楽になるという利点があるが、そういう物理的なことだけが原因ではないと思う。

やはり兄(または姉)で成績が伸びたから、弟(妹)もと考えるのが、妥当だろう。
M君の家のように4人もが通ってくれるのは、やはり実績を評価してくれてのことだろう。
兄弟率が高いということは優良塾の証しのようなものだと思う。

良い塾とは何かと問われたら、在塾期間の長さ、通ってくる地域の多様さ、そして兄弟率と答えるだろう。この3つはその塾の優良度を示す指針のようなものだと考える。

幸い佐々木塾には在籍11年の人がいたり、小4年で入塾し大学受験まで一緒に戦た人がいたり、高3~浪人そして大学院という人もいて在籍期間な長さは群を抜いているのではなかろうか。

次に通ってくれている地域だが、国立、国分寺は言うまでもなく、立川、府中、小平、多摩、日野、福生、昭島、小金井、武蔵野、杉並区、八王子、東村山、東大和などなどわが塾の独自性に惹かれてきてくれているのだと思う。


そして、今回の兄弟率の高さである。
ちょっと手前味噌に書きすぎて気恥ずかしいが、この期待に恥じない実績を今後も上げていきたいと誓うこの頃である。

一昨日は英検を行いました

 一昨日英検を開催しました。
このテストに懐かしい人M君が2級を受けに来てくれました。
3年前佐々木塾に通っていた生徒で、今は神奈川の名門私立の中3生です。
3年前は国立在住で、今は八王子郊外とのこと、
お母さんも一緒に見えて佐々木塾に通えないことをひとしきり残念がっておられました。
じつはM君は4人兄弟の末っ子で、上の3人のみな佐々木塾に通ってくれました。
今は3人とも社会人としてご活躍とのこと。
時間もなくあまりお母さまとも話はできませんでしたが、懐かしさがこみ上げてきました。
長兄はラ・サール高校に通っていて寮生活でした、長期休みの時は国立に帰ってくるのですがその時
佐々木塾に英語を習いに来てくれました。
彼とは結局浪人して旧帝大に受かるまでので4年間の付き合いでした。
彼の妹さん二人も都心の名門中高一貫に通っており大学受験まで付き合いました。
お二人とも3,4年間のお付き合いです。
末弟とも大核受験までと思っていましたが、かなわず残念です。
医学部志望とのことなのでぜひ頑張って欲しいです。
次のブログでは佐々木塾の兄弟率について書こうと思います。
 

 


久々にブログを書きます。

前回書いたのが6月の後半。
なぜこんなに長期間ブログを書かなかったか?
理由は夏期講習です。
朝早くから夜遅くまで行う肉体的つらさもさることながら、
みなの気力に圧倒される気疲れが大きい。
一日が終わるころにはぐったりとし何も手につかなくなるほでした。
特に受験生は(小6、中3、高3、浪人生)みなそれぞれ
今できることをやるんだという気持ちがこちらにも痛いほど伝わってきて、
一刻なりとも手が抜けない緊張感の中で今年の夏期講習は推移しました。
受験生なんだから当たり前といえば当たり前なのだけれど、
私の長い経験の中でも今年の生徒は真面目さがぴか一です。
春の種植え期、夏の成長期、秋の収穫期、そして冬出来栄えの評価期。
こうして1年の受験期間は終わるのだけれど、みんなには夏の頑張りを糧に
秋からも努力を続けてほしいと切に思っています。
佐々木塾受験生ガンバレ!

私も体調も元の戻ったのでせいぜいブログ更新がんばりたいと思っています。



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