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佐々木塾ブログ 5ページ目

AO入試の話をします

 AO入試は日本では1990年に初めて慶應義塾大学の総合政策、環境情報学部で実施され、それ以来新しい入試方法として注目され現在では350以上の大学で採用されています。大学によっても違いますが、例えば元祖慶應では出芽(800字の自己アピールの作文の他にもこまごまとした提出物がある)➡書類審査➡面接➡合否決定➡事前教育という流れになっています。注目していただきたいのは学力検査がないということです。ある意味で日本の大学受験に革命がおこったとさえ当時言われたものです。これまでにも指定校推薦という学力検査なしの制度はありますが、これは高校時代の学内成績が優秀でなければなりません。それに対しAO入試の場合は必ずしも高校時代の成績は重視されません。それよりも高校時代に何に関心をもって、その分野を自分なりにどう取り組んだか?そして大学では何をやりたいのかが明確に分かっていることが重視されます。
 

 さてそのAO入試に佐々木塾は何ができるでしょう。佐々木塾では小学5,6年生から「論理エンジン」という教材を使って授業をする人もいます。この教材は魔法のような教材で、国語力はもちろんほかの教科にまで役立つのです。そのわけは「頭の使い方」「ものの考え方」を学ぶからです。実際この「論理エンジン」を中2から始めたある生徒は、高校生になって毎日新聞の「高校生小論文コンクール」で佳作に選ばれ、哲学オリンピックでは銀メダルを獲得。惜しくもヘルシンキでの世界大会には行けませんでしたが、(これは論文を英語に翻訳するときに金メダルの帰国子女に後れを取ったせいです)見事な健闘でした。その彼はその後慶應大学の環境情報学部にAOで合格し「論理エンジン」という教材の底力を思い知らされました。彼は今慶應でさらに自分の学問フィールドを充実させています。


 佐々木塾には「論理エンジン・国語」の姉妹編として、「論理エンジン・英語」(佐々木塾のオリジナル教材です)があります。体験授業にてこの二つの「論理エンジン」を体験してください。そしてAO入試も将来の大学受験の選択肢に加えてください。


虔十(けんじゅう)公園林

 今年3月千葉大の後期日程の小論文対策をやっていた時に課題文になっていたのが宮沢賢治の「虔十公園林」である。気になるのでもう一度取り上げたい。それほど優れた示唆に富んだ本である。恥ずかしながら宮沢賢治は自分では読んでいるほうだと思っていたのだが、「虔十公園林」は初めて読む本だった。この作品のテーマは「本当の知恵」とは何かであり、軽度の知的障碍者を持つ虔十という少年の行為がその土地に多くの偉人を生み出し最終的に地域に多大な貢献をしたという構成になっている。賢治が私たちにたくさんのことを問うているここではこれを考察したい。ウィキペディアからそのあらすじを引用する。
 
虔十はおかしくもないのに笑ってばかりいて知恵が足りないと周囲からバカにされている少年である。
雪の残る早春に、虔十は家の裏手に杉苗700本を植えることを思いつく。最初兄から土が合わないと反対されるが、父が虔十の初めてのわがままであることに気づいて、やらせてみることになる。翌日虔十が木を植えているのを見て、隣の平二がばかにして止めさせようとするが、兄がやってきたおかげで何事も起きずにすむ。しかし虔十が木を植えたうわさが広まり、近所から冷笑される。


木は5年までは成長がとまり8年経っても9尺(約2.5m)に留まった。百姓の冗談を真に受けた虔十は下枝を刈って、盆栽のような林になってしまう。兄はそれを見て笑ったもののよい薪ができたと虔十を慰める。しかし、翌日からそこは子供たちの格好の遊び場になり、虔十はそれを見て満足する。


ある霧の日、再び平二が実害もないのに、自分の畑に影が入るから気を切るように県十に迫った。平二は虔十に手をあげるが、虔十はそれを断り、林を守りきる。そういうことがあって後、平二も虔十も病気で亡くなってしまう。


それから20年館の間に町は急速に発展し、昔の面影はどこにもなくなってしまう。ある日この村を出てアメリカの教授になって帰ってきた博士が15年ぶりに帰郷し、地元の小学校でアメリカについて講演をした。講演後、博士は小学校の校長たちと虔十の林に足を向け、この林だけがそのまま残っているのを発見して、子供心に馬鹿にしていた虔十のことを思い出す。そしてこの背の低い虔十の林のおかげで遊び場が提供されていたことや、今の自分があることを悟り、林に重要性に初めて気づく。


博士は「ああ、全くたれがかしこくたれが賢くないかはわかりません」と言って、校長にこの林を虔十公園林と命名し、子供たちのために永久に保存することを提案する。その話が広く伝わり,碑が立つと、かつて虔十の林で遊んで立派になった大人たちから多くの手紙や寄付が学校に集まり、虔十の遺された身内は本当に喜んで泣いた。

以上があらすじであるが、この作品は1934年に発表されている。賢治没年は1933年であるからこれよりも前に記されていたことになる。世界恐慌が起きた翌年である。第2次世界大戦勃発の10年近く前である。この時代に宮沢賢治は今でいうノーマライゼーションと環境破壊とその保護、都市の景観について予想していたということになる。今さらながら賢治の現代社会を先取りした慧眼にはただただ敬服するしかない。次項でノーマライゼーション・環境保護・破壊・都市の景観を考察したい。







中学生にこそ5文型とかっこ付けを

 私は長年にわたって予備校で浪人生相手に英語を教えてきました。佐々木塾を開き中学生にも英語を教える機会を持ちました。その感想を少し。


 公立中学の教科書は文保事故が小出しで、しかも系統立てではなくばらばらに出てきます。たとえば不定詞の名詞的用法、副詞的用法は2年で、形容詞的用法と形式主語、too~toなどは3年生といった具合です。加えて中学3年間で読む英文は驚くほど少量です。楽をしている分学年が上がるにつれつけが回ってきそうです。


 一方私立の上位校が使っている「progress」,「trasure」という教科書は欲張りな内容になっています。詳しい説明と多読ができる教科書構成は英語を得意としている人にとっては最適なものとなっているようです。しかし多すぎる情報量に手を焼き始めると英語嫌いを多く輩出する危険も背中合わせに持っています。私に言わせれば中学生が使う教科書は不安と不満にあふれたものだということになります。


 佐々木塾ではこれらの欠点を解決する方法を見つけました。それは5文型とかっこ付けです。予備校時代に使っていた英文読解の教授法ですが、中学生には難しいだろうと教えるのをためらっていたのですが、いざ教えてみると浪人生よりも呑み込みがいいのです。その理由は中学生が読む英文は長くて2行、たいていは1行(語数にして長いもので10~15語)程度です。大学受験生が読むような5行から10行(語数で50から100語)の複雑なものではないので文型を決めやすく、修飾語も見極めやすいのです。


 佐々木塾では、大学受験生も、中学生も全く同じ方法で英文を読みます。5文型とかっこ付けをマスターすれば高校受験は言うまでもなく、将来英語を利用するどんなステージでもその威力を発揮するでしょう。体験授業にてなぜ佐々木塾の英語の教授法が大学、大学院にまで通用するのかをご確認ください。





誰でも人に負けることはある。でも...

自分に負けてはいけない。

新しい学校、新しいクラス、君たちのこれまでの環境が大きく変化する四月です。四月はまさに大きな期待と、大きな不安の季節といえるでしょう。四月に大きな悩みを抱え込んで落ち込む人が残念ながら毎年のようにいます。わたしもたくさんのこの時期の悩みを聞いてきました。


わたしに一つだけ言えることは、もし君に嫌いな人や嫌いなものがっても、その人やそのものを君が返ることはできないということです。大事なのは どんな人どんなものに対しても君が君らしくあり続けることです。君が向かい合うのは君自身です。



君の大きな夢や希望のために君が君自信に負けないことが大切です。君の人生は君だけが生きられるのです。長い冬が去り待ちに待った春です。笑顔、笑顔で行きましょう。

千葉大学 園芸学部 後期小論文(2016)...2

 問1下線部①の「ああ全くたれがかしこくたれが賢くないかはわかりません」と若い博士が感嘆して言う言葉に込められた思いから、どんなことが教訓として得られるか。150字以内で述べよ。

解答例 「子ども立の美しい公園地」として機能する杉林を植えたのは、将来大学教授になるような秀才ではなく、村のみんなから「少し足りない人』と判断されていた虔十だった。そのことから分かるように、賢さの基準とは閉塞的で恣意的なものに過ぎず、普遍的な意味での「賢さ」とは後々にならなければ判断できないのだという教訓。

 問2 下線部②の「虔十公園林」という名称に込められた思いは何か、全体の趣旨を読み取りながら、150字以内で述べよ。

解答例 都市開発により発展した村の田畑は住宅へと変貌を遂げた。しかし、虔十の植えた杉林だけはその村唯一の「自然」として息づいた。そこには村びとの嘲笑にも平二の暴力にも屈しない虔十の意志の強さが反映されている。その意志の強さに敬意を表し未来永劫その名が残るように名前を残した。


 問3 虔十の植えた杉林や芝原及び周囲の位置関係をもっとも的確に示していると思われ図は次のどれか。またその理輔を100字以内で記せ。

この問題の図を載せられないので省略

 問4 下線③の「ほんとうのさいわいが何だか」を教えていることはどのようなことか。文中の表現を引用しながら説明せよ。またそのことから、このように建て込んできた市街地において緑の環境はどうあったらよいか、あなたの考えを述べなさい(合計300字以内)

 解答例 「本当のさいわい」とは、「たくさんのお金が集まる」ことではない。「美しい公園地」が市街地の公共空間にあることこそが本当の幸福なのではないだろうか。「これから何千の人たち」すなわち、連綿と受け継がれる種類の繁栄には、常に「虔十のいた時の林」すなわち、自然との共存があったのだ。それに関連して、「建て込んだ市街地」に「緑の環境」を残すことには意義がある。それは自然が人類にもたらす影響を鑑みれば、明白な事実である。自然とは酸素を供給するだけでなく、リラックス効果も与えているのである。そのため、利便性が向上した現代の市街地にも緑を残して公共空間として保存することが重要でせあると私は考える。

 以上が私の考える解答例である。これは満点の解答例である自信はないがたたき台として考えていただければありがたい。人間が崩してきた自然への警告。人間と自然との共生。便利さや利益を追求するだけでは得られない人間の本当の幸せ。それらすべてがこの本の価値であると思う。が、私には虔十が杉苗700本をねだった時、お父さんが「買ってやれ」と言い、お母さんも安心して笑い、お兄さんも杉苗の植え込みを一緒に手伝ってやるところがもっともいいと感じた。まだお読みでない方一読をお勧めする。





千葉大 園芸学部 後期小論文(2016)

千葉大園芸学部の緑地環境学科の2016年の小論文は宮沢賢治の「虔十公園林」を読んで問に答えるというものだった。恥ずかしいことに賢治はいくつも読んでいるのだがこの小作品は初めて読んだ。お読みでない方にあらすじをお伝えする。

虔十公園林 あらすじ 「少し足りない人」とと村人から思われている、虔十は両親に初めてわがまま杉野苗700本をおねだりする。杉林は5年目までは順調に育ったが、成長が止まり8年たっても9尺(2.5m)にとどまった。「枝打ちしろ」という近所の百姓の冗談を真に受けて虔十は下枝を買って盆栽のような林にしてしまう。しかし次の日からそこは子供たちの子供たちのp格好の遊び場となり虔十はそれに満足する。隣の意地悪百姓平二に「きさんどこの杉切れ伐れ」「伐らない」虔十の一生に一度の反抗だった。その後虔十はチフスで亡くなってしまう


それから20年町は急速に発展し、昔の面影はなくなってしまう。この村出身者で今はアメリカの大学で教えている博士が帰郷し、虔十の林に足を踏み入れ、この林だけが昔のまま残っていることを発見して虔十のことを思い出す。あのバカにしていた虔十のおかげで遊びが提供されていたことや、今の自分があることを悟り、林の重要さ気づく。「ああ、全くたれがかしこくたれが賢くないかわかりません」と言って、校長にこの林を「虔十公園林」と命名して永久に保存することを提案しその通りになる。虔十の残された身内は喜んで泣いた。

これを読んで小論に答えるという出題だ。赤本には問題だけで解答例が出ていなかったので、この本を手にした受験生の方はさぞやお困りだったろう。私なりの拙い解答例を示そうと思う。長くなったので稿を改める




合格報告届きました。そして...(2)

 今回は塾をやっているいる以上どうしても避けて通れない問題…不合格について考えたい。その前に引用したい文章がある。

 ”失敗してもいいからやってみよう”という失敗と、”絶対成功させてやる!”という気持ちのもとでの失敗は、全く別物だと思います。後者の失敗では大きなショックを味わいますが、そこから学ぶことは非常に大きいのです。西畠背順「教えてくれたのは植物でした」


 この引用の後者の場合、実は成功するよりも実りがあったのではとさえ私は思っている。これはあくまで死に物狂いで勉強して誰にもも後ろ指をさされない勉強をしてきたものだけに言えることではあるが。話を当塾の生徒C君に戻したい。彼はW中学を本命に置き、T中を抑えに今年の入試に臨んだ。W中学は2/1と2/3、T中は2/2に入試があった。W中学は当落線上で、T中は模試でも合格可能生が高いところにあった。2/1のW中学がだめで、さらに2/2のT中がだめとわかったとき、C君は大粒の涙を流したということだ。そして動揺したままW 中の2回目を受けそれも玉砕。結局今回の受験は0勝3敗という結果に終わってしまった。

 この経緯を知って私が思ったことは、あれだけ真面目に佐々木塾の授業を受けてくれ、宿題や課題など黙々とこなしてくれた可哀想だということだった。髪も仏もいないのか。塾講師にあってはならぬ神頼み的なことまで考えてしまった。


 しかし冷静に考えたときこれは可哀想でも気の毒でも何でもない。C君にとってまたとない経験ができたのだと考えるようになった。これはC君がT中学を落ちたことを知ったとき大粒の涙を流したということがすべてを語ってくれる。私たちは”絶対に受かってやる”という思いからことを始めることがあるだろうか?案外落ちた時の予防をあらかじめ作って置いて、落ちた時のショックを和らげる策を講じたりしていないだろうか?そう大粒の涙が出てきたのは”絶対受かってやる”という気持ちが裏切られたからで人としてあまり体験しない種類のショックであると思う。

 後のないところまで自分を追い詰めて、その願いが報われなかったとき見える景色はどんなものだろう。そんなことを経験したことがない人にとっては「絶望の真っ暗闇」というかもしれない。でも本当は意外とぼんやりとではあるがうす暗い光が見えるのではないだろうか?全力を出し切った清々しさと次が与えられるなら今度こそという確かな決意。それが光となって見える気がする。だから「不合格」ということはこれで終わりなのではなく、次衛のステップと置き換えらるのかもしれない。歌の歌詞のような結論になってしまったが、「不合格」も決して気休めでなく悪くない経験だと思う。


千葉大  英作文研究

 2011年千葉大理系前期課程 Ⅲは次のような英作文であった。


私は朝早く海岸まで散歩することを日課にしている。朝のすがすがしい空気を吸い、白い砂浜を素足で歩く心地よさは、なにものにも代え難い。人口200人足らずのこの島では車の往来もほとんどない。音といえば木々の間から聞こえる鳥のさえずりと風だけである。初めてこの島を訪れた時のことを振り返ってみると、ここに来るのが運命だったように思う。
 

①私は朝早く海岸まで散歩することを日課にしている➡「~を日課としている」   make it a rule to~   /make a point of ~ing/  make a daily routine of ~ing/  My daily routine is ~ /  It is a daily habit  for me to~などいろいろ考えられる。「∼まで散歩する」 take a walk to ~/  go for a walk to~/  walk to~
(訳例) I make it a rule to take a walk to the beach early every morning.


②朝のすがすがしい空気を吸い、白い砂浜を 素足で歩く心地よさはなにものにも代え難い➡なにものにも代えがたいはNothing is more valuable than time./  Nothing is as valuable as time.の応用と考える。 すがすがしい  fresh/  refreshing  素足で歩くwalk barefoot /  without shoes on  /with bare feet  心地よい pleasant/ comfortable 
(訳例) Nothing is more pleasant than to breathe the refreshing morning air and to walklkg on the white sand beach with bare feet.


③人口200人足らずのこの島では車の往来もほとんどない➡主語を「車の往来」にして「人口200人足らずのこの島には」を副詞句
にしてThere is 構文を使う
車の往来 traffic  200人足らず not more than 200/   less than 200  人口200人のこの島には on this island whose population is ~
(訳例) There is little traffic on this island whose population is not more than 200 .


④音といえば木々の間から聞こえる鳥のさえずりと風だけである➡「聞こえるのは∼のものだけだ」と考える All you have to do is to write your name here.の応用で All the sound I hear is that of~ 鳥のさえずりbirds singing(twittering)in(among) the trees 
(訳例)  All the sound I hear is the sound of birds singing in the trees and the wind.


⑤初めてこの島を訪れた時のことを振り返ってみると、ここに来るのが運命のようだったように思う➡「~のように思う」はIt seems that ~を使い主文とする。「初めてこの島を訪れた時をのことを振り返ってみると」は When節の副詞節を使う。When I look back the day  dayを関係副詞を用いて「初めてこの島を訪れた」をつなぐ。
(訳例) When I look back the day I first visit this island, it seems that coming here was my fate.

上記のような訳文になった。国立をやっていていつも思うことだが、何をどうやれば対策できるのかと迷わせる一部私大と違ってコツコツ勉強すれば正解に近づける。と思わせる良問だと思う。もちろん付け焼刃的な勉強法では太刀打ちできないが自分が使える文法と単語で英語と日本語の橋渡し的文章を作り出すセンスを磨いていけば、正解に近づける気がする。
 
   

 
  

合格報告届きました。そして...

 今年の中学受験はすべて終わりました。わが佐々木塾でも

Aさん  武蔵野東合格  彼女の中学受験の取り組み開始は遅く佐々木塾に来たのは6年生の11月でした。それまでどこかで勉強していたというのでもなく11月が開始でした。初めは和光とか明星学園などを受けたいということでしたが、彼女がもつ本来の頭の良さが見て取れましたので、今後の伸びしろを考慮に入れて生徒を選別していると思われる、武蔵野東受験を勧めました。それから約2か月短い期間でしたが、5,6年の復習と記述を中心に学習。途中若干不安に襲われながらも見事に乗り切ってくれました。この学校は抜群の高校受験および活発な部活動が売りなので今後3年間でどう成長していくのかとても楽しみです。


B君 桐朋合格  彼は5年のときに入塾し国語だけを佐々木塾で教えました。少しのんびりしているものの頭のいい子で、教えたこと訂正したことは次までには習得・修正できているというタイプでした。また漢字・慣用句などの暗記物は抜群の記憶力でこちらの作成した漢字と言葉テストではほぼ満点という状況でした。苦手としていた記述問題は論理エンジンを5冊(正確には4冊半まで進みました)やりきることで力をつけていったように感じています。理数が得意ということなので中学でさらなる飛躍を遂げることを祈っています。



そして C君 W中学不合格・T中学不合格  先の二人と違いC君は今入試は大失敗でした。これまで佐々木塾の合格報告は合格者だけを知らせて、不合格者を蔑ろにしてきたと思います。大手予備校・塾はそれでいいのでしょうが、わが塾のような小規模塾は不合格者もきちんと伝える必要があるのではという考えに至りました。塾の真価はそんなところにも問われると思います。次回不合格とは?について考えてみたいと思います。



 




嬉しいメールが届きました(2)

 大学・高校受験はこれからですが、中学受験は明日でそろそろ佐々木塾の在籍者の入れ替えの時期になりました。先週塾した生徒さんがいます。小学6年生で中学進学に備えて弱点を矯正しておきたいとのご希望があって、この時期からの開始となりました。初授業の後お母さまからうれしいメールが届きました。以下のそのメールを載せます。

佐々木先生

今日はありがとうございました!

娘から、積極的に今日の塾のこといろいろお話してくれました、

先生の教え方凄く分かりやすく、わからないところ解った時の嬉しさ、

なんだか喋ってるわけではないけど、楽しかった、

先生思ったより、そんなに怖くなかったって色々話してくれました、

先生、良かったです!感謝しております!

今後のご指導の内容了解しました、どうぞよろしくお願い致します。
  

 佐々木塾にとってはこの上ない嬉しいメールで、いくつになっても褒められるということは嬉しいもので「よし!しっかりやるぞー」という気にさせてくれる内容です。さらにこのブログへの掲載を依頼した返信も嬉しい内容でした。

こんばんは!

先生、構いませんです。

いい塾なら、皆さんに知ってほしいんです、

私の様な困っている岡さんたちはきっと助かります、

どうぞ、是非!

 

遠慮なく掲載さていただきました。ありがとうございました!
なおお母様は外国の方です。


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